大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和51年(ネ)1548号 判決

控訴人 鈴木四信

右訴訟代理人弁護士 蓮沼次郎

被控訴人 牧野昇

右訴訟代理人弁護士 桃井銈次

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は、「原判決を取消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は、主文第一項と同旨の判決を求めた。

《証拠関係省略》

理由

一  被控訴人主張の請求原因事実一ないし四は、いずれも当事者間に争いがない。

二  被控訴人は、本件公正証書による契約は要素の錯誤により無効である旨主張するので、以下その判断をする。

《証拠省略》を総合すると、次のことが認められる。

1  控訴人は、有限会社福田工業所との間で、昭和四六年四月一日、特許、実用新案、商標登録、意匠登録等出願中の人造大理石(名称ペルトリー大理石、以下本件大理石という。)の製造および販売につき、控訴人が福田工業所に対し独占権を与えることを約し、同工業所は、本件大理石の製造を企業化したうえ、控訴人に対し毎月二〇万円と総売上額の六パーセントを支払うことおよび本契約に違反したときは違約金六〇〇万円を支払うこと等を内容とする契約を締結した。

福田工業所の取締役福田修一は、右契約に基づき、本件大理石の製造および販売業務を始めるため、被控訴人に対し資金援助を求めたが、両者が協議した結果、新たに有限会社大東産業を設立し、本件大理石の製造および販売は同会社が行うこととして、控訴人に対する毎月二〇万円の支払い等も、福田工業所に代って同会社が行うこととした。ところが、同年末、福田工業所が倒産したため、福田は右の業務を行うことが困難となり、これが理由となって、控訴人と福田工業所との前記契約は、昭和四七年三月一八日かぎり合意解約された。

2  被控訴人は、右のような経緯で本件大理石の製造および販売に関与したことから、大東産業の建物、設備等を引き継いで、自ら製造および販売を行うべく、控訴人より製造および販売権を五〇〇万円で買い取ることとして、昭和四七年四月二五日、本件公正証書による契約を締結した。

被控訴人は、右契約に基づき、本件大理石の製造および販売のため、横浜産業株式会社を設立し(ただし、同会社の商号で業務を開始したが、会社設立には至らなかった。)、その経営に控訴人も参加させて、両者の協力の下に、速やかに企業化を達成すべく努力することとし、控訴人も、共同経営者として経営に参加し、最善の努力を尽くすことを約して、被控訴人は、主として資金面を担当して常勤せず、控訴人は、常勤して実務面を担当することとしたうえ、昭和四七年四月ごろ、業務を開始した。

3  本件大理石の製造は、控訴人の技術指導により、数箇所の下請企業がこれにあたったが、いずれも零細企業で十分な設備がなく、また製造工程に不慣れなため、製品に商品価値のない不良品が多く、採算をとるのが容易でないことから次々と製造を止め、昭和四八年中にも製造を続けたのは僅か一社にとどまった。そのうえ、横浜産業は、本件大理石そのものにも欠点があるほか、取引先が少なく、それに宣伝不足も加わって、極端な売れ行き不振に陥り、昭和四八年末ごろには在庫量が約三〇〇坪相当に達し、被控訴人の資金持ち出し額も三、〇〇〇万円を超えたため、被控訴人は、本件大理石の製造および販売の企業化を断念し、昭和四八年一二月末ごろ、横浜産業の業務を廃止するに至った。

4  ところで、本件公正証書による契約の対象は、実用新案、商標登録、意匠登録、製法特許等出願中の人造大理石の製造および販売であるが、右のうち、商標登録については、昭和五一年七月二七日、出願公告の決定がなされたものの、他はいずれも権利が発生していない。

以上の事実が認められ、この認定事実によると、被控訴人は、本件大理石の製造および販売の独占権を獲得するため、権利金五〇〇万円を支払い、右製法の秘密を第三者に漏らす等の契約違反の場合には違約金二、〇〇〇万円の支払いを約している(この点は、当事者間に争いがない。)のは、当時、出願中であった本件大理石の製法特許等の無体財産権が、近日中、確実に発生し、契約当事者は、そのことを契約の重要な内容としていたのではないかと考えられないでもないが、他面、被控訴人は、本件契約の一年前から、福田修一に協力して本件大理石の製造および販売に関与し、その実態につき相当程度の知識を有していたものとみられ、その被控訴人が、多額の権利金と違約金の支払いを約して、あえて福田工業所の場合よりも不利な契約の締結に応じたのは、被控訴人が自らの判断で、本件大理石の製造および販売の将来性に着目し、進んで本件契約の締結に及んだものと推認され、被控訴人は、その当時、近い将来、無体財産権の発生がない場合は、契約を締結することはなかったであろうと認められる事情にはなかったものと認めるのが相当であるから、被控訴人の要素の錯誤の主張は、これを認めることはできない。

三  進んで、被控訴人の予備的主張について判断する。

1  《証拠省略》によると、本件公正証書第六条には、被控訴人は本件大理石の製造および販売を企業化し、控訴人は、共同経営者としてこれに参加し、健全なる企業になすべく最善の努力を尽くすべき義務がある旨規定しているところ、前項の認定事実によると、控訴人は、この義務に基づき、被控訴人の横浜産業株式会社の商号による事業に、共同経営者として参加し、常勤して業務の執行にあたっていたのであるから、横浜産業の業務の運営については、本来、被控訴人と平等の立場で責任を分担していたものといわねばならない。そして、前項の認定事実によると、横浜産業は、昭和四八年末ごろ、極東の売れ行き不振から多量の在庫を抱え、赤字額も三、〇〇〇万円を超えるため、被控訴人は、これ以上の事業の継続を断念して横浜産業の業務を廃止するに至ったのであるが、被控訴人の右措置は、たとえそれが控訴人の了解なしに行われたとしても、それまでに至った経緯に照らし、資金面を担当する経営者としては、やむをえなかったものと認めるのが相当である。

しかるところ、《証拠省略》によると、本件公正証書第七条には、「乙(被控訴人)は次条の利益金の配分とは別に甲(控訴人)に対して毎月二八日限り一回金二五万円宛を支払うものとする。」旨規定しているが、右規定は、控訴人がその前条によって共同経営者としての責任を負っていることを前提として理解されるべきであるところ、横浜産業が右にみるとおり、業務廃止のやむなきに至ったことについては、控訴人としても、共同経営者としての責任を負うべく、これを容認すべき立場にあったというべきであるから、被控訴人は控訴人に対し、業務廃止後の昭和四九年一月以降は、二五万円の支払義務を負担するものではないと解するのが相当である。したがって、控訴人は、昭和四九年一月以降、右規定に基づく二五万円の請求権を有しないといわねばならない。

2  次に、《証拠省略》によると、控訴人が本件公正証書第一〇条に基づく違約金二、〇〇〇万の主張をするのは、被控訴人が昭和四九年一月から毎月二五万円の支払いを怠っていることを理由としていることが認められる。しかし、被控訴人にその支払義務のないことは右1の認定によって明らかであり、被控訴人には、他に契約違反の事実もないことは、二項の認定事実によって窺知できるから、控訴人には、違約請求権も発生していないといわねばならない。

右1、2によると、被控訴人の予備的主張は理由がある。

四  以上の次第であるから、本件公正証書の執行力ある正本に基づき、原判決添付目録記載の土地および建物につき、控訴人のした強制執行の排除を求める被控訴人の本訴請求は正当として認容すべく、これと同旨の原判決は結局相当であるから、本件控訴はこれを棄却することとし、控訴費用の負担につき、民事訴訟法第九五条、第八九条適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 渡辺一雄 裁判官 田畑常彦 丹野益男)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例